バナー 九州・山陰周遊旅行
(レール&レンタカー利用)
2001.03/17〜03/20
旅行者 まぶりん麻呂、ちえりん
3/19
 慌しくチェックアウトし、荷物を預け、駅前のバス停まで猛然とダッシュする。 今朝は松江駅前9:04発の周遊バス(以後レイクラインバスと記載)で市内観光に出掛ける。 松江駅を起点に反時計回りに24分おきに運行されており、一乗車につき200円であるが、観光するには一日乗車券(500円)を買えば元はすぐに取れる。 一日乗車券は車内でも発売されており、車を使わなくても効率良く観光名所を回ることが出来、大変助かった。 路面電車を彷彿とさせる赤いボディーで大変目立ち、女性運転手も活躍しており、木目細かな心遣いが人に優しい。 まずは、最大の目玉である松江城へ向かう。 5層6階で壁は黒い雨覆板で覆われ、その安定感のある無骨な体裁に桃山風の荘重な手法がうかがえる。 松本城と同様の古武士然とした重厚な感じが気に入った。城内の展示品のいくつかに目を見張るものがあった。 慶長19年大阪冬の陣の玉造門の攻防戦時に14歳初陣の松平直政は、果敢にも豊臣方の出城である真田丸に迫った。 この姿に真田幸村も直政の敵ながらあっぱれな戦いぶりに武勇を讃え、軍扇を投じた。その軍扇が展示されていた。 松平直政は結城秀康の三男であり、徳川家康の孫にあたる。 大阪夏の陣で活躍した豊臣方の槍の名手後藤又兵衛のものと伝えられる甲冑と槍は、特に存在感があり他を圧倒していた。 六階望楼の天狗の間から四方が見渡せるのは、天守としては極めて稀な造りだそうだ。

次のレイクラインバスの時間待ちを利用して松江城の敷地内にある興雲閣を見学することにする。  ここは明治天皇の行幸を想定して造られ、創建時は別名ロシア宮殿と呼ばれたほど美しい建物であった。 実際には天皇の行幸は実現しなかったが、皇室の方が松江を訪れた際の宿泊所として使われた。 現在は松江郷土館として無料開放しており、松江に関する興味深い資料が展示されている。 城の敷地を北に進めば近道して小泉八雲記念館へ行くことが出来るのだが、 城の北側のお堀沿いにある塩見縄手の風情を楽しみたいのでレイクラインバスに乗ることにする。 城下町では、縄のように一筋に伸びた道路のことを「縄手」といい、この塩見縄手には中級武士の屋敷が立ち並び、 町奉行の塩見氏が七代にわたりこの地に住んでいたので、この通りを塩見縄手と呼ぶようになったとか。 今でも武家屋敷がお堀に面して軒を連ね、堀川めぐりの遊覧船も見ることが出来、日本の道100選にも選ばれている。 唯一公開されている一軒の武家屋敷の自然のままを生かした庭園に質実剛健な武士の気風を感じた。 丁度サンシュユ、白梅、紅梅が咲き誇っており、裏手の竹林も綺麗に手入れがされており、庭の方ばかりに目が行ってしまった。

 小泉八雲記念館は松江観光の目玉スポットであり、平日にもかかわらず沢山の人で賑わっていた。 ギリシア生まれで英国籍を持つ小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、新聞記者として明治23年に来日し、 後に島根県尋常中学校に英語教師として赴任。八雲の一生の中でも小泉セツとの出会いに象徴されるように 松江はよほど印象に残っていたらしく、大変愛着を抱いていたが冬の寒さと大雪に閉口し、やむなく熊本へ移住する。 「知られぬ日本の面影」で松江について記すなど、日本の伝統的精神や文化を広く世界に紹介した。 日本を愛し、日本の素晴らしさを海外に広めた八雲の功績は、展示物の中でかのバーナード・リーチが絶賛していることからも 改めて認識させられた。記念館には直筆原稿、遺品、関係図書など約300点の貴重な資料が展示されている。

 再びレイクラインバスに乗り、月照寺へ向かう。ここは松平家歴代藩主の菩提寺であり、小泉八雲の随筆に登場する 「月照寺の大亀」で有名である。六代目の墓所に大きな石造りの亀が碑を背負ったモニュメントがあり、寿蔵碑と呼ばれている。 実際に見ると予想以上に巨大な亀でちょっとびっくりした。頭を撫でると長生きするという言い伝えがあるとか。 八雲の作品中では、この大亀が夜な夜な境内を歩き回るという記述がある。 松平家七代目治郷は不昧公と呼ばれ、千利休の流れを汲む茶人として地元の人に厚く敬われている。 不昧公の墓所の廟門は西の左甚五郎と言われた小林如泥の手により、透かし彫りが見事である。 宝物殿にはここでしか見られない不昧公の像があり、参道入り口には不昧公の恩顧を受けた伝説の力士雷電為衛門の碑がある。 静寂な境内には四季折々の花が咲き誇り、近年「山陰のあじさい寺」として有名になり、6月中旬から咲き始めるあじさいを目当てに 多くの観光客が訪れている。

 レイクラインバスに乗り、一畑電鉄の始発駅松江温泉駅へ向かう。12:26発車の出雲大社行きの出雲大社号には20分ほど待ち時間があった ので、側線に停車中の車両などを撮影する。出雲大社号は観光用の為か他の車両とは異なり、ブルーのカラーリングに転換クロスシート で華やいだ雰囲気でなかなか好印象だ。発車してしばらくすると宍道湖が左手にずっと見え隠れし、何度乗っても飽きの来ない路線だ。 古江、長江、伊野灘と湖を連想させる駅名が続く。宍道湖は一見すると湖というより、海のようにしか見えない。 一畑口駅はさらに北に位置する一畑薬師まで線路が続いていた名残でスイッチバックの駅である。 田園地帯に位置するその古びたホームのたたずまいは、昭和初期にタイムスリップした感じで特に気に入っている。 駅舎は若干リニューアルされて新しくなっていたが、ホームは昔のままでいて欲しい。 創業後しばらくは一畑薬師へお参りする客で繁盛していたそうだが、その後客足が途絶えた為一畑薬師への線路ははがされてしまった。 もともと一畑薬師への参詣列車としての性格から発足した一畑電鉄であるが、社名を安易に出雲電鉄もしくは松江電鉄と変更せず、 一畑電鉄の名前を貫き通しているところに創業当時の精神にこだわる頑固さがうかがえる。

 平田市駅は車庫があり、側線には旧式の車両がごろごろしており、時間が許せばゆっくりと撮影してみたいものだ。 この駅で乗務員の交代があり、保線係が同乗してきた。 しばらく快適な旅を続けていたが、川跡(かわと)駅手前の遮断機のない踏切でトラックの頭が異様に前に出過ぎているに気づく。 トラックは右側に位置し、自分は先頭車両の進行方向右側に座っていたのでこれはぶつかると思い、運転手にブレーキ!と叫びたくなった。 運転手はトラックが後退するか、もしくはぶつかりはしまいと判断したのだろうか? 警笛を盛んに鳴らしながら接近するが、減速する気配はない。 奇跡的なことであるが、トラックのミラーが車体右下に当たり若干の傷を作っただけの接触事故で済んだ。 あの距離で制動をかけても間に合わなかったのか、それとも発見が遅れたのだろうか? 警察の現場検証を覚悟して出雲大社行きをあきらめかけたが、何と20分あまりの停車の後、出雲大社号は運転を再開した。

 一畑電鉄は松江温泉駅から出雲市駅までの33.9KMの本線と、途中川跡から出雲大社前までの8.3KMの支線を持つ。 出雲大社前へ向かうには川跡駅で乗り換えが必要なのだが、支線と本線の乗り換えは必ず接続しているので便利だ。 唯一この出雲大社号は、途中川跡から支線に乗り入れ出雲大社前まで乗り入れている。 出雲大社前駅の駅舎はかまぼこ状の半円状の屋根が、イスラム教のモスクを連想させる。 出雲大社の玄関口としては大変違和感があるが、その反面大変特異な形には強く惹かれるものがある。 ドーム状の天井が外見以上に内部を広く見せ、曲線を描く出札口や古めかしい沿線案内の看板などは昭和初期の創建当時のままの雰囲気を今に伝えている。 予定では昼食後に出雲大社参詣後、旧国鉄大社駅の取材をと考えていたのだが、先程の事故で時間がなくなってしまった。 ちなみに旧国鉄大社駅が神殿造りの駅舎であることから、こちらの駅は洋風建築にした経緯があるという。 駅でもらった出雲蕎麦の店ガイドによると、出雲大社周辺には驚くほど多くの蕎麦屋が集中している。 朝食はほとんど食べていなかったので、さすがに空腹を感じた。時計を見ると13時30分を過ぎている。 蕎麦自体はどの店でも大差はないだろうから、駅に一番近いかねだという店に入る。 おにぎりとおかずの付いた蕎麦定食を注文する。蕎麦は太くて短く、つゆはだしがしっかりきいている分あっさりとした感じだ。 名物に美味いものなしという言葉があるが、こと出雲蕎麦には当てはまらないと思える。 一畑電鉄が一時間に一本の割合なので、出雲大社は参道の半ばでちらっと見るだけに留め、駅へ猛ダッシュで戻る。

[参考文献]『ふるさとの駅100選』(淡交社)

 丁度14:47発の電車に間に合い、川跡駅で本線の電車に乗り継ぎ松江温泉駅へ戻る。 目的は温泉と宍道湖の景色と夕日である。駅から徒歩10分くらいの所にしまね社会保険センターという施設がある。 4階には宍道湖を一望できる展望浴場があり、その眺望の素晴らしさのせいか意外と込み合っている。 当然循環湯であったが、頭と体を洗い50分ほど長湯し広大な宍道湖の眺めを満喫する。 施設前のバス停からレイクラインバスに乗り、松江大橋や夕日公園などの夕日スポットを見ながら松江駅で下車する。 このレイクラインバスは本当に効率良く、松江市内を観光できるので本当に便利である。 一日乗車券を買えばかなりお得で、気に入った所でぶらっと降りることが出来るのが良い。 ホテルで荷物を受け取り、土産物をしばらく物色する。不昧公が広めた茶文化の為か、高級な和菓子の数々が目に付いた。 駅構内で夕食を済ませ、時間待ちを利用してホームの待合室で旅行記の下書きに精を出す。

 今回はサンライズツインがとれなかった為、やむなくソロ2部屋になった。 伯備線に入り街の明かりが少なくなる頃を見計らって、部屋の照明を落とす。 ブラインドを開け、仰向けになると満天の星が頭上に広がりプラネタリウム状態である。 日本酒をちびりちびりとやりながら北斗七星、カシオペア、オリオンなどを見るのは個室寝台の醍醐味である。 すべての1人用の個室寝台(ソロ)がいいかと言うとそういう訳でもないのである。 進行方向に沿ったベッドの配置でなければ星空を眺めにくいのである。 頭を進行方向逆側に向け、仰向けになればいいのだが、 このベッドの配置は羽越本線経由のあけぼのとサンライズ出雲・瀬戸にしか存在しない。 岡山駅でサンライズ出雲はサンライズ瀬戸と併結されるが、すっかり寝入ってしまって見ることは叶わなかった。

3/20
 サンライズはJR分割民営化後初めて新造された電車の寝台車両である。 日の出をイメージした美しい車体と個室寝台特有の窓の多い造りで、理想の寝台車の未来を具現化している。 B個室は標準的なサイズのソロ、ちょっと広めのシングル、補助ベッドのついたシングル・ツイン、 2人用のデュエットと多彩なラインナップだ。 もちろんA寝台1人用のシングルデラックスもあるが、それ以上に特筆すべきはカーペットカーである。 一人分のスペースが割り当てられた造りで壁で仕切られていないが、寝台券が不要の為人気が高い。 青森〜函館間の夜行急行はまなすにも同様の仕様の客車が連結されている。 終着駅の東京駅では入念に撮影を行い、充実した10日間の旅を終えることが出来た。

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