さぼうるは言わずと知れた東京で一番有名なカフェと呼んでも差し支えないだろう。TVドラマや映画のロケで度々登場しているので、店の名前を知らなくても映像で見覚えがあるという向きは多いはず。実は隣にさぼうる2という食事専門の店があるということは意外と知られていない。取材にあたってどうせならこの2つの店をハシゴすることにした。職場から徒歩で都営三田線内幸町駅まで行き、最寄の神保町まで3駅の至近距離だ。こんなに近くにありながら今まで一度も足を運ばなかったことを悔やまれる、2店とも素晴らしいお店だった。
神保町駅のA7出口を出て左手の路地に目を向けると、さぼうる2とさぼうるの看板が並んでいるのが見える。まずは、さぼうる2で腹ごしらえだ。こちらは、昔ながらの定食屋といった風情だが食事にコーヒーなどの飲み物が付いたお得なセットメニューもあるので、ある意味カフェの範疇に入れても差し支えない。本家のさぼうるに比べるとあっさりとした内装だが、煉瓦造りで薄暗い風情は良く似ている。昔からかたくなに同じメニュー、同じ値段でやっていると思われる職人気質の親父さんが一人で切り盛りしている、昭和を感じさせるそんなレトロな感じが好印象だ。とりあえず一番早く出来そうな豚の生姜焼き定食を注文する。
最近のファーストフードの定食屋では絶対に出せないだろうと思わせる、化学調味料などいっさい使わない昔ながらの素朴だが、しっかりした味わいの秘伝のたれが柔らかくてジューシーな豚肉に絡んでいる。隣の席では出版業界の人達が商談をしているのだろうか、編集長がどうのといった会話をしているのが聞こえる。流石こういった場所柄にふさわしい感じがして好ましく感じた。斜め向かいの中年の夫婦がスパゲッティとサンドイッチを美味しそうに食べている。そう、ここは今時の若者は決して来る事はないだろう。年齢層が高く落ち着いて食事が出来るというのもポイントが高い。こんなことを言うのを裏返せば、自分もそれなりに年をとってきた証拠だ。
今やカフェブームで全国的におしゃれな今時のカフェが全盛であるが、尊敬するちゃありいマスターの運営するBROEN’S CAFEで出会ったレトロな昭和カフェに見事にはまってしまって今ではそっち方面のカフェの方に興味が向いている。さぼうるでも共通して言えるのだが、ここの店員はよく気が付き、コップの水の交換や空いた食器の下げなどが恐ろしく早い。せっかちな自分としても驚くべき迅速さで、嫌味の無いタイミングでさりげなくやって来るのも見逃せない。店を出ようとするタイミングと店員さんが食器を下げに来るタイミングがかぶってしまって、まるでこちらの動きを読まれているかのようだ。
先程よりは神保町駅へと家路を急ぐ人通りが少なくなってきたので、いよいよさぼうるの外観の撮影にとりかかる。しかしここで店内よりじっとこちらを見つめる店員さんの視線を感じる。こっちは半ば仕事みたいなものだと思って割り切って撮影するが、店員さんの監視がある手前フラッシュが焚けないので、ひざまずいて低いアングルでカメラを固定して撮影する。店の外観はポリネシアン風の山小屋といった風情で、店の前には木が生い茂っている。都会の真中に突然現れたオアシスのようだ。
店の左側にはトーテムポール、右側には今では珍しくなった赤い公衆電話が出迎える。ちゃありいマスター同様1階奥の窓際の席に座りたかったのだが、中2階へ案内される。入ったすぐの所には地下に続く階段があり、あやしい感じのお店の秘密の部屋みたいで興味をそそられる。ただの喫茶店だと思っていたら、お酒のメニューとお茶のメニューの両方があるとのことで、両方見せてもらった。カクテルは650円〜で安く、斜め向かいの老紳士がウィスキーと軽いつまみでお洒落に寛いでいるのを見てお酒をもらいたくなったが、散々迷った挙句バナナジュース500円とクリームチーズケーキ300円を注文する。
天井には杉皮が張られ、柱には皮付きの丸太が使われ、所々釘が出ていたりしてワイルドな山小屋の様相を呈している。店の中央から左半分は丸太小屋で右半分は煉瓦で作られた小屋のようになっている。一見何の関係もないように作られている煉瓦と丸太に囲まれた内装には恐らくこの店のエッセンスが凝縮されているのではないだろうかと思うが、それに気付くようになるにはこの店の常連になるしかないだろう。
様々な民具などが雑然と置かれているが、一番目に付いたのが南方系のインドネシアやポリネシア系の人や動物をかたどった彫り物のお面が壁の上の至る所に飾られていたことだ。父の仕事の関係でこういうものが家にたくさん飾ってあったので、懐かしいような感じがして妙に落ち着く。入って1階の右手にはカウンターがあり、正面からマスターの視線を感じつつ、なるべく目立たないようにこっそりと撮影を続ける。中2階の座席は煉瓦積みの壁で仕切られており、白いペンで常連客が残した落書きの数々が見える。煉瓦の上に観葉植物が飾られているのはさぼうる2と共通している。
バナナジュースは、飲んでみて砂糖が入っていないとは思えないほど濃厚で芳醇な味わい深いものだった。もしかしたら入っているのかもしれませんが…これほど美味しいフレッシュジュースに出会ったのはまる捨以来のことだ。クリームチーズケーキはやや小ぶりながら滑らかな食感で、レモンのような柑橘系の酸味を感じる上品な味わい。