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真田氏本城付近の地図
CASTLE  LIST
信濃の城 ★★★☆☆
真田の郷の戦闘指揮所
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 城名  真田氏本城
 国名  信濃国
 住所  長野県上田市真田町長5029
 別名  真田本城、松尾城、真田城
 城郭構造  山城
 築城主  横尾氏?、真田氏?
 主な城主  真田氏
 遺構  曲輪、土塁
 取材年月日  2022年8月12日
 この城跡は、天白城と共に馬蹄形状に構築され、南西面に広がる緩斜面には、真田氏館跡や原の郷があり、さらに砥石城・矢沢城を望むことができる。

 本郭は東西八・六m南北三十七mの広さで、三の郭と段差を設けながら延び出し、その北側は急崖となって厳重に防備している。

 規模が大きく水利もあり、周辺城跡群等の関係からみて、上田城築城以前の真田氏本城であったと推定される。

 戦艦にたとえれば「主砲」が一番攻撃的な戸石城、「館長室」にはお屋敷、そして全体を指揮する戦闘指揮所である「艦橋」にあたる真田氏本城があり、背後には「電探」と「後部指揮所」「後部艦橋」にあたる松尾古城が控えるという埋もれた古城さんの意見が、実際に訪れてみて納得できた。

 車道があり一応車で登れることにはなっているが、城の直下の取り付け道路を左折することは困難であるため、やむなく徒歩で向かった。蛇足であるが、この城に向かう途中の斜面には一面のお花畑があり、周囲の景色と相まって素晴らしい山上の癒しの場所となっている。
真田氏本城跡縄張図
真田氏本城縄張図
余湖くんのホームページより転載許可済
城に向かって歩きだすとお花畑が現れる
城に向かって歩きだすとお花畑が現れる
旧上原村十林寺集落産土神として諏訪大社から分霊された
旧上原村十林寺集落産土神として諏訪大社から分霊された
左は天満宮、中央は八幡宮、右は薬師堂
左は天満宮、中央は八幡宮、右は薬師堂
城に向かう斜面一帯がお花畑になっている
城に向かう斜面一帯がお花畑になっている
真田の郷や砥石城が一望できる
真田の郷や砥石城が一望できる
真田の郷を囲む北側の山々
真田の郷を囲む北側の山々
真田氏館跡や矢沢城跡が見える
真田氏館跡や矢沢城跡が見える
城跡へ行く前にルンルン気分です
城跡へ行く前にルンルン気分です
ハナトラノオ
ハナトラノオ
このあたりから城域が始まります
このあたりから城域が始まります
細長い廓の左右は急峻な崖
細長い廓の左右は急峻な崖
真田氏本城跡説明板
真田氏本城跡説明板
真田氏本城跡は上田市指定文化財
真田氏本城跡は上田市指定文化財
新田大作氏による漢詩 真田氏本城
新田大作氏による漢詩 真田氏本城
山嶽幾重か陣営連なる
縦横の布置行兵うなり
今朝錦纒一望遠し
覇業遥かに思う古本城
一の廓の南側の土塁に至る坂道
一の廓の南側の土塁に至る坂道
真田氏本城跡標柱
真田氏本城跡標柱
一の廓の南側の土塁に至る坂道
一の廓の南側の土塁に至る坂道
東側の山々
東側の山々
一の廓
一の廓
一の廓にあった説明板
一の廓にあった説明板
茂みが邪魔で下界が見づらい
茂みが邪魔で下界が見づらい
真田の郷が一望出来る
真田の郷が一望出来る
二の廓から三の廓を望む
二の廓から三の廓を望む
連郭式山城で一の廓の標高が一番高い
連郭式山城で一の廓の標高が一番高い
木立や低木があり実際よりも狭く感じる
木立や低木があり実際よりも狭く感じる
二の廓に向けて穿たれた竪堀の延長上に虎口がある
二の廓に向けて穿たれた竪堀の延長上に虎口がある
二の廓から三の廓の西側にかけて腰廓がある
二の廓から三の廓の西側にかけて腰廓がある
急峻な切岸だが夏草が邪魔で見えない
急峻な切岸だが夏草が邪魔で見えない
細長い廓には建造物を建てられそうもない
細長い廓には建造物を建てられそうもない
街道を監視するには絶好の眺望
街道を監視するには絶好の眺望
一の廓の西側には石積がある
一の廓の西側には石積がある
二の廓から一の廓を望む
二の廓から一の廓を望む
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