ホワイトハウスは昭和初期の懐かしい佇まいのカフェである。開業は昭和8年。何と自分の父親と同い年である。後日京都市内でこの店を取り上げている雑誌を見つけ、これによると京都で現存する最古のカフェだそうだ。この店の場所を探し当てるのはちょっと苦労した。ホワイトハウスというだけに真っ白な外観をイメージしていたのだが、同じ通りに真っ白で立派な構えの家があったので妻は思わず「あそこじゃないの?」と言い出す始末。道端に掲げてあった住宅地図には〇〇宅としか書いてなかったので、まさかそこが目指すホワイトハウスだとは思わなかった。外壁は確かに白いが、ホワイトハウスと言う程のインパクトはなかった。出窓、青色のシェード、道端に立てられたレトロな看板など、現存しているのが不思議なくらいの建物だ。まるで撮影の為に建てられた映画のセットのように見えてならない。ここがどうして開業当時のままの建物でカフェの営業を続けているのという疑問は、先程の住宅地図を見て分かった。ここは調理担当がおばさん、接客担当がおじさんという家族経営のカフェだからである。噂の建て付けの悪い入り口のドアを押したり引いたりして悪戦苦闘するが、これでは本当に入れないんじゃないか?と思った瞬間に中から優しそうなおじさんがドアを開けてくれた。
窓際の明るい席と、奥の薄暗いボックス席があるが、旧式のラヂオのスピーカーに懐かしさを感じながら窓際の明るい席に座る。勢い良く座ったら年代物のスプリングのくたびれた椅子は悲鳴を上げ、不自然なくらいに沈み込んだ。硬そうな座面を予想したのだが、この椅子には静かに座らないと壊れてしまいかねない、少々気まずい思いをした。天井を見ると所々剥げ落ちてはいるが、植物をかたどった装飾やレトロなオレンヂ色のランプを眺めていると昭和初期にタイムスリップした錯覚を覚える。いかにも一見客なのでおじさんの値踏みするような視線を感じたが、意外にも話し掛けてきたのはおじさんの方だった。持っていたガイドブックを見て、この店が紹介されているものと勘違いしたらしい。実際にこの店は最近雑誌に掲載され、その記事を見て東京方面からやって来るお客さんが絶えないそうだ。おじさんは我々二人を見て多分そういう客だと思ったのだろう。雑誌に紹介されていたことは知らなかったのだが、あまりの緊張感の為、インターネットを見て訪れたことを言い出せなかった。先程Prinzで食事をしたばかりなので、オレンヂジュースとパインジュースを注文する。
おじさんは用が済んだら奥へ引っ込んでしまうものとばかり思っていたら、椅子に座っていろいろと話し掛けてくる。初対面の人と話をするのは大変苦手なのだが、おじさんの優しそうな人柄に惹かれてそれなりに会話が成立した。たまにしか来ないこうした遠来のお客を相手に話をするのが、おじさんの楽しみなのだろう。レトロな店内の撮影をしようと思うのだがなかなかはかどらないので、会話が途切れた時を見計らって席を立って奥の薄暗いボックス席へ移動する。最初は気が付かなかったのだが、奥の壁には版画がたくさん飾ってあった。何でも版画はおじさんの趣味で、街並みの風景を題材にした版画が多かった。その中でひときわ目に付いたのが、この店の店内を描写した版画だった。残念ながら、この作品はおじさんの作ではなく、おじさんの娘さんの作品だった。
これから吉田山山頂のカフェ「茂庵」へ行くのだとおじさんに告げると、そんなものがあったのかと驚かれた。ここから歩いていけばそう遠くない距離にあるので、行き方を訪ねると歩いていくのが一番早いだろうとアドバイスを受けた。支払いをする時に驚いたのが、旧式のレジスターを実際に使っていたことだ。使われていないレジスターは何度か目撃したことがあるのだが、実際に使われているのを見たのは初めてだった。おじさんは2代目だということだが、ほぼこの店と共に人生を歩んできたということになる。この店はお子さんが後を継ぐのかどうか定かではないが、いつまでも営業を続けてもらいたいものだ。おじさんは帰る時も建て付けの悪いドアを開けてくれて、丁寧に挨拶をして見送ってくれた。とかく最近のカフェはセンスの良さばかり競っている面が目立つのだが、こうした人と人との暖かい交流に触れると昔はどこの店でもこういうことが当たり前だったんだなあと考えさせられた。