昭和31年松本民芸家具の創立者である池田三四郎先生が設計したこの店は、喫茶店として営業を始めた。建物自体は明治時代に建てられ、蔵の町中町通りの裏手を流れる女鳥羽川沿いにある。もともと旅館を経営しており、日露戦争で有名なかの乃木大将も泊まったという由緒ある旅館の一角を改築した。民藝運動の提唱者として知られる柳宗悦が開店時に訪れ、絶賛された落ち着いた雰囲気はまさに折り紙付きだ。松本の喫茶店と言えば「まるも」というくらい有名なこの店の併設の旅館に泊まりたかったのだが、翌朝早立ちのスケジュールだった為、次回の楽しみに取っておくことにする。
アプローチとしては松本城から縄手通りをそぞろ歩き、女鳥羽川にかかる一つ橋を渡って行くのがおすすめ。古びた扉を開くと、かなり照明が暗くなっているので奥の方まで見通せない。しばらくして目が慣れてくると、店内の大部分が松本民芸家具で占められていることに気が付く。入った時は日本対チュニジア戦の始まる直前であったが、結構混雑していた為、奥から2つめのテーブルに座る。奥の大きなテーブルは、撮影にも使われているくらいこの店で一番雰囲気の良さそうな場所である。ここは余程混んでいる時以外には使われていなさそうだったので、ここに座るのは遠慮しておく。
炭焼きコーヒー、苺のミルフィーユ、リンゴのタルトを注文する。特筆すべきは、リンゴのタルト生地に甘い酸っぱいリンゴのエキスが十分に染みており、しっとりとしていたことだ。もともとリンゴのお菓子の類は好きな方ではないのだが、ここのリンゴのタルトは初めて美味しいと思えた。店員二人で旅館の仕事と並行して仕事をこなしているようで、忙しそうに立ち振る舞っている。座った席の脇には膨大な数のクラシックを中心としたCDがずらりと並べてあり、スピーカーが真横にあった。流れてくる物悲しいピアノの曲は、どこかで耳にしたことのある有名な曲で、BGMもこの店の雰囲気にぴったり合っている。カウンターにも近く、図らずもベストポジションに座れたのは幸運であった。