この店はリンクさせていただいていたちゃありいさんのサイトで知ったおばんざいカフェ。京都の街も繁華街を一歩離れると、夜になると街灯の明かりはまばらである。ローマ字で店名が書かれた古そうなガラス扉を開けると、正面に4畳半ほどの広さの座敷があり、連れが座敷に座るのがあまり好きでない為、土間のテーブル席に腰掛けることにする。晴明神社、一条戻橋、京都ブライトンホテルと安倍晴明縁の地を巡ってくるにつれて気のせいか陰陽道で物の怪を退治するような、夜の真の闇の恐さをひしひしと感じるようになってくる。西の空を見るとまさに夕日が暮れようとしており、そんなたそがれ時に訪れたせいか、テーブルにつくとおばちゃんが黙って喫茶のメニューを置いていく。
メニューを全部見返しても食事のメニューは載っていない。恐る恐るおばさんに食事のメニューはないかと尋ねると、メニューを取り出し何やら書き込んでいる。しばらくして持ってきたメニューには品切れなのか作るのをやめたのか、所々に×印がついていた。その間おばちゃんは終始無言だったので、こちらもどう対処していいのか分からずじっと黙っていた。結局おばんざいのおまかせとトリモツ煮と生ビールを注文した。
注文が決まったのでようやく落ち着いて店内を眺めてみると、座敷はもちろんのこと、テーブル、椅子その他の調度品の数々が年輪を経たいい味わいを出していた。もともとこの店は宇治市にある近鉄京都線の大久保駅近くで、40年以上喫茶店を営んでいた。移転に際して、その店で使われていたものを極力再利用したとのことで、巷にあふれるいわゆる町屋カフェとは異なり、ちゃありいさん曰く「昭和の臓器が移植された」カフェなのである。茂庵でもそうだったと思うのだが、電線を露出させて配線しているのは昭和の雰囲気を醸し出すのに一役買っている。注文をしてしばらくするとどこからともなく若い店員が現れて、生ビールやら定食を運んでくれた。
全般的に良心的な値段だったので、おまかせではなく次回は一品ずつ頼んでみたいものだ。特にトリモツ煮が昆布の和風出汁で味付けられているのに、京都のおばんざいを強く感じた。食後のネルドリップで入れるコーヒーは、喫茶店ならではの本格的な濃厚なコクを感じた。後で知ったのだがコーヒーは「フレンチロースト」で、店では「フレンチロースト」しか出さないそうだ。御所や晴明神社の散策の後にふらっと立ち寄って、コーヒーをいただく、そんな飾らない訪れ方をしてみたい店だ。店の雰囲気といい、ジャズが静かに流れるBGMといい、鎌倉でお気に入りのミルクホールにそっくりな大正から昭和にかけてのハイカラな雰囲気が感じられる貴重な店である。