京都の街を歩いていると自家焙煎のコーヒーの看板を良く見かける。これはなぜだろうか?いろいろ理由があると思うのだが、京都の街全体が良質な水の水源となっていることが挙げられる。しかし、その豊富な水が湧き出す場所は京都の中心部と酒造りで有名な伏見付近に限定される。御所の脇にあるメイプルツリーでは、梨木神社の境内にある染井(そめのい)の井戸の名水を使ってコーヒーを淹れていると聞く。また、下賀茂神社の南側に位置する糺の森に流れているせせらぎも湧き水ではないだろうか?京都という街は神社仏閣・修学旅行といったイメージがあるが、古い物と新しい物がうまい具合に融合した街である。この地でコーヒーというハイカラな飲み物は、あっという間に広まったのは想像に難くない。東京などでは考えられないくらい古い歴史を持つ喫茶店たちが、キラ星のごとく街中に散りばめられているのである。そうした店の頂点に立つ存在というべき店がイノダコーヒである。京都市内に七店舗を持ち、なぜか広島に一店舗、2004年春にはなんと札幌に進出するという。かねてからこの店の素晴らしさは耳にタコが出来るくらい聞いていたが、正直言ってあまり期待していなかった。なぜならここのコーヒーは酸味が強いので有名だからだ。どちらかと言えばコーヒーに苦味やコクを求めるので、酸味のある美味しいコーヒーがあるのか不思議でならなかった。
京都駅前で夜行バスを降り、京都駅のトイレへ向かうと青森発大阪行の寝台特急日本海2号が見える。本当は寝台急行銀河で京都へ行きたいのだが、隣の駅から利用できるのと料金の安さについつい高速バスを選んでしまう。バスの案内所の中には進々堂が入っており、軽い朝食をとっている人で結構込み合っているが、こんな所で軽く済ませる訳にはいかない。バスターミナルの券売機で3日分の市バス1日乗車券を6枚購入する。京都市内はバス路線網が発達しており、地下鉄を使わなくても結構効率良く移動することが出来る。この市バス1日乗車券は以前700円だったのだが、500円に値下げした為、3回使うだけで元が取れるスグレモノだ。四条高倉バス停でバスを降り、堺町通りを北へ歩いて行くと左手に自家焙煎コーヒーの事務所を見つける。しかし、イノダコーヒではない。しばらく行くとお目当てのイノダコーヒ本店が現れる。
京都らしく入口にはのれんがかかり、緊張気味に中へ入る。高級ホテルのラウンジにも引けをとらない極上の空間が広がっているではないか!開店時間を10分過ぎたばかりなのに、すでに優雅に朝食をとっているお客さんがいる。幸運なことに庭に面したテーブル席がひとつ空いていたので、そこへ案内される。メニューを渡され、どんなものがあるのか一通り確認してから「京の朝食」を注文する。オレンジジュース・コーヒー・クロワッサン・スクランブルエッグ・ハム・サラダというホテルのみたいな素敵なメニュー。余談だがイノダコーヒでは、コーヒーにフレッシュと砂糖をあらかじめ入れて出される。あるサイトでコーヒーで、フレッシュと砂糖を入れずに別にすると常連らしく思われると紹介されていたので別々にしてみた。フレッシュと砂糖をあらかじめ入れるのは、コーヒーが冷めても美味しく味わえるようにとの心配りからだそうだ。一口飲んでみて、確かに酸味を強く感じた。しかし、酸味の中にコーヒー本来の旨みを感じられる逸品である。酸味のある美味しいコーヒーというのが、本当に存在することを体験してみて驚きを感じた。テーブルの間に適度のゆとりがとられているので、隣の人がタバコを吸っても、少々うるさくてもあまり気にならない。
8時を過ぎる頃にはどっと混み合って来て、左手の扉を開けて別の部屋へ案内されている。トイレへ行くついでに撮影しに行くと、そこは創業当時の様子を再現したメモリアルルームの奥にレトロな部屋があった。気をつけて観察していると混み合ってそちらへ案内される前に、好んでそちらへ向かう常連さんらしき方が多いのが目だった。そしてその部屋の奥にはテラス席が控えている。トイレへ行く途中はレンガの壁面にライオンの口から水が出ている装飾がなされ、ヨーロッパの古い町中であるかのようだ。あまりの居心地の良さに結局1時間30分以上粘ったが、店員にはいやな顔ひとつされず、いい意味で放っておかれるのである。常連が多いと思いきや、最近は近くのホテルに泊まっている旅行者がここのモーニングを食べに来る割合が高いそうだ。「旅人の朝はここから始まる」と言っても過言ではない程、京都に来たら絶対に外せないカフェだと実感した。次回からは、自分も近くのホテルに泊まってここのモーニングを食べに来ることを心に決めた。
取材年月日 2003.01.11
半年前に決心したことをようやく実行する日が来た。ホテルは河原町三条のホテルアルファ京都にしたのでホテルからは徒歩10分足らずという最高のロケーションだ。店に入り、「テラス席に行きたいのですが?」とウエイターに尋ねるとご丁寧にも「ガーデン席ですね」と訂正された。知らないというのは怖いものである。ともかく念願のガーデン席へ向かうと、テーブルクロスの色が赤のチェック柄から青のチェック柄に変わっていた。秋冬は暖色系の赤、春夏は寒色系の青を使い分けているのだろうか?まだ太陽が完全に昇りきっていないのでそれほど暑くなく、気持ち良い庭で涼しげな池もある。薮蚊に数回刺されたが、こればかりは夏だから仕方のないことだ。
この後スマート珈琲店へ行く予定なので、朝食は一番軽いものにしようと思い、ロールパンセットを注文する。妻はスープ、自分はコーヒーを付ける。ロールパンは海老フライがサンドされているシンプルなものだが、この海老フライは見た目よりもボリュームがあって、値段の割に食べ終わった後に満足感が残った。時折聞こえる元気の良いインコ達の鳴き声を聞きながらまったりとしていると、日が差してきてイノダコーヒの庭も明るくなってきた。気がつくとガーデン席には一人旅の女性がしきりにデジカメで写真を撮っている。今までカフェ巡りをしていて同行の士には出会ったことはないが、女性一人のカフェ巡りは今のトレンドかもしれない。
取材年月日 2003.07.22