この日は早朝から駅舎、引退間近の鶴見線103系の撮影、温泉、カフェの取材でホリデーパスを使い埼玉、東京、神奈川と精力的に活動した。2つの駅舎、2つの温泉、2つのカフェと非常に効率良くこなすことが出来た。最近の取材は、旅と鉄道旅行記、SPA TRAIN、CAFE TRAINと3つのサイトの取材を兼ねることが多く、ひとつのジャンルにこだわらないでバランスのとれた有意義な時間を過ごすことが出来て満足している。めまぐるしく移動で疲れた体を休めるのにぴったりなカフェがここCafe Vertだった。
京急生麦駅から京急とJRの線路を越えた反対側にある商店街を抜けてしばらく歩いたバス停の目の前にこのカフェはあった。バス通りは道幅が狭い上に曲がりくねっていて交通量が多いので、歩行者には少々つらいものがある。バス停のまん前にあるというロケーションなのでバスに乗っている客が、好奇心に満ちた視線を投げかけている。京浜地区は良質なカフェとは無縁な地域で、京浜カフェ砂漠と呼ばれているほどだ。しかし、東京カフェマニアやyokohama cafeで評判が高いこのように良質なカフェが、なぜここ生麦にあるのだろうか?
一見するといわゆる今時なカフェで、何も騒ぐほどのものではないとたかをくくっていたが、その思いはこの店に入った瞬間に覆された。まず店の構造が特異だったことである。店の奥から厨房=キッチン、靴を脱いで上がるテーブル席=ダイニング、靴のままでOKのテーブル席=リビングというコンセプトで作られており、カフェというより個人のマンションの一室に招かれたような錯覚を覚えた。飾りテーブルに目を落とすと、見覚えのあるオランジーナの画像があるではないか!ディスプレーされていたのは何と私の愛読書である眺めのいいカフェから切り取った素敵なページだったので、ちょっと嬉しい気分に浸ることが出来た。
ここはいわゆるお茶をするカフェというより、しっかり食事をするカフェと聞いていたので、小旅行の締めくくりのディナーとして利用してみた。メニューを見ると、イタリア料理にとことんこだわっているマスターの心意気がひしひしと伝わってきた。むしろカフェというよりも、気取らないイタリア料理を楽しむためのとっておきのレストランとしての利用価値が高いと言える。
食前酒として注文したのはビールとジンジャエールから成るシャンディ・ガフというカクテル。エスプレッソの泡のごとく仕上がりに細心の注意を払っているとかで、滑らかな舌触りを味わうことが出来るカクテルだが、ビアサーバーがないと自宅でこの味を楽しむことは難しいと思う。プレーンオムレツ本当にシンプルなオムレツだがふわふわの卵とサラダがついて前菜代わりにもなると思う。ピッツァ・マルゲリータは圧巻だった。クリスピーな薄焼きピザで、大きさ、美味しさ、値頃感を兼ね備えた完璧なものだった。
イタリア料理の専門店でもなかなかこれほどのものはお目にかかったことがなかった。店に入った時から読み耽っていた雑誌の美味しいピザの条件をすべて兼ね備えている、そんな完全無欠のピザだ。タバスコなどという無粋な調味料は出されず、エキストラバージンオイルを軽く塗って食べるのだが、バジル香ばしさ、トマトの甘味、チーズ、その3つだけのシンプルなピザながらこれだけ食べ応えのあるピザは稀有であると思った。
ここは、カフェ感覚で気軽に食事を楽しむためのとっておきの秘密の隠れ家としておすすめである。「近所にこんなカフェが欲しい」と本気で思ったカフェに久々に出会うことができたのだが、なぜ生麦なのだろうという疑問は最後まで付きまとった。こうした店が東京のど真ん中にあったら昼食時は大行列が出来ることは間違いないと思う。