箱根でよく見かけるのが大涌谷の蒸気を源泉とする「蒸気造成温泉」だ。地中から噴出する蒸気も温泉であると温泉法で規定されており、火山性ガスを含んだ蒸気から温泉を作るために、箱根温泉供給株式会社が仙石原にある井戸水と掛け合わせて造成している。箱根でも珍しい自噴の白濁した濁り湯が楽しめるのがきのくにや旅館の魅力だ。
湯本、塔ノ沢、宮ノ下、堂ヶ島、底倉、木賀、芦ノ湯の箱根七湯の中で硫黄泉が自噴する芦ノ湯のきのくにや旅館は人気の湯治場だった。箱根八里を作曲した滝廉太郎、山下清、北大路魯山人、勝海舟、グラント将軍、明治天皇、志賀直哉、美空ひばりらの著名人に愛されたのもうなずける。
泊まってみて気が付いたのが訪日外国人の多さです。日本人よりも外国人の方が多いのではないかと思ったくらいでした。設備やサービスで宿の実力を推し量る日本人よりも、本物の温泉を求める外国人の聡明さが感じられました。お部屋の前に貼られている情報によるとほとんど方が連泊しているみたいでかなりの温泉通かもしれません。
食事前に創建当時の湯を再現したとされる貸切の正徳の湯に向かう。あいにくの雨天で傘を差しながら向かったのだが、湯小屋の手前にかつてのきのくにや旅館の建物が廃屋になっているのに気が付いた。正徳の湯は、昔ながらの木造の建物を再現し、左に白い湯の花の舞う温めの硫黄泉と右に熱めの重曹泉がある。
夕食は普通の団体客向けの一般的な温泉宿の食事でした。刺身、サザエ、合鴨など、ゴマ豆腐、キュウリとホタルイカの酢味噌和え、焼き魚、白身魚とシイタケと牛肉の鍋、ジャガイモの創作料理、コーンと三つ葉の揚げ物、ご飯、赤だしの味噌汁、香の物、特筆すべきは杏仁豆腐の美味しさでした。アーモンドエキスの香りが効いて牛乳本来の甘味が口いっぱいに広がる。食感もプルプルでバランスがいい。ボリュームもある。
食後は大浴場に入る。内湯の硫黄泉はさすがに湯の花が皆無だった。露天の丸い硫黄泉は折からの大雨で温くて入れなかった。芦ノ湖の形を再現した露天の重曹泉は雨をしのげる工夫がされていたのでしばらくまったりと浸かってみた。
部屋に戻る途中に無料で出来る卓球台があったので、小一時間くらい遊んでみました。気が付いてみたら温泉宿に卓球台がある宿は最近激減している気がする。昨年夏に泊まった田沢温泉のますやは温泉と卓球が目的でした。
朝食はシラスとおろし大根、なます、納豆、ナスの煮びたし、鯵の干物、サラダ、里芋のそぼろ煮、温泉卵、香の物、ご飯、手毬麩入りの味噌汁、食後にブルーベリーソースのかかったヨーグルトでした。
夜が明けても雨は降り続いており、楽しみにしていた露天の硫黄泉には冷たすぎて入ることが出来なかった。出発前にギャラリーで美術鑑賞をした。伊藤若冲などの著名な画家の絵が飾られており、目の保養になりました。
きのくにや旅館は、正徳5(1715)年、紀州(紀伊)藩から小田原藩酒匂に移り住み網元となり、莫大な財を成した川邉段右エ門貞次の三男・忠蔵が創業。屋号の由来はそこにある。芦ノ湖観光協会会長を務めた十二代目の川邉ハルトさんは、2015年(平成27年)に国民保養温泉地の称号を獲得し、旅館再興に意欲を燃やしたきのくにや旅館は活気を取り戻したが、2019年9月に亡くなり、現在の経営は第三者の管理に委ねられている。