松之山はかつて陸の孤島と呼ばれた山間部にあり、有数の豪雪地帯で婿投げと呼ばれる風習で知られる。数十軒の宿が集まるだけの小さな温泉で、一般的には「ひなの宿千歳」が良く知られている。国鉄時代からの計画路線であった短絡線である北越急行ほくほく線が出来てからは、松之山への首都圏からのアクセスが格段に良くなった。「凌雲閣」は温泉街からは離れた高台に建ち、宮大工の技の粋を集めて造られた圧倒的な存在感を持つ木造三階建ての建物が歴史を感じさせる。黒光りする廊下や階段など時間が止まったかのような雰囲気は、日本秘湯を守る会加盟の宿でも高い人気を博していることがうなづける。
チェックインをロビーで済ませると、奥のスペースに「お汁粉をご自由にどうぞ」との案内があるのに気が付く。これは嬉しい心遣いだ。共同浴場鷹の湯を訪れる前に頂くことにした。2階の部屋に案内されたが、なんとエレベーターが設置されているのには驚いた。古いながらもこうした工夫が取り入れられているのは、登録有形文化財の宿では滅多に見られないのではないでしょうか?本館の各部屋は、どの部屋も凝った意匠の欄間や障子などで飾られており、じっくりと鑑賞してみたくなってしまう。宮大工さんが腕を競い合った結果なのだろうか?遊び心のある斬新な風情を醸し出している。今回利用した2階の一番隅の部屋は、唯一トイレ付きの部屋であるが昭和40年代に増築された部屋なので凝った造りの飾りには無縁だったのが残念だ。
浴室のある新館には和洋室が2室、洋室(ツイン)が1室あるが、この宿に泊まるからにはやはり古くても趣のある本館の客室がおすすめです。新館への渡り廊下を通り階段を下りると、油臭が臭ってくるので浴室が近いことが分かる。浴室は大きさのの異なるものが2つあり、時間帯で男湯と女湯が入れ替わる。浴室は本館に比べるべくもなく、いたってありきたりな感じで大きい方の浴室は写真を撮り忘れてしまったほどだった。
緑がかった塩分のきついお湯が浴槽に注ぎ込まれており、共同浴場鷹の湯をやや薄くした感じだが、浴感としてはかなりヘビーな感じだ。大浴場のお湯は湯量が少ない(毎分17.3L)ために一部循環しているが、源泉口もあり飲泉も可能だが、なめるととても苦かった。家族風呂は小さな浴槽が一つあるだけのシンプルなもので、こちらの浴槽では源泉掛け流しとなっている。湯もみ棒で入念にかき回し、若干加水してからようやく入浴する。これぞ松之山温泉の真骨頂といった感じのきつい油臭を心行くまで堪能出来た。一つしかない源泉掛け流しの家族風呂のために、夕方の時間帯などはなかなか利用できない事が多いのは致し方ない。
夕食は畳の広間でいただきます。夕食の内容は山の幸中心の素朴な料理だが、肉や魚抜き(海老と蟹はあったが)でこれだけの品数と食べ応えなのは珍しい。岩魚、山女、鯉などといった山奥の宿では定番の魚料理がない代わりに、山菜やキノコなどの地物でまかなうのは大変な努力があるのだろう。デザートのイワナシのゼリーというのが名物らしく、予想も出来ない食材をもアレンジしてしまう料理長の手腕に驚かされた。
朝食は椅子席でいただきます。夕食に比べると平凡で普通の朝定食といった内容。食後は眺めの良いラウンジでコーヒーの無料サービスがあるのがうれしい。
ほくほく線を利用してまつだい駅から宿の送迎車で送り迎えしてもらえますが、バスの本数が極めて少ないようなので泊まりでじっくり腰を落ち着けるべきだと思います。自家用車利用であれば、飯山線の津南駅方面からもアクセス出来るので長野県北部の温泉巡りと絡めることが出来そうだ。
ただこの温泉はジオプレッシャー型という火山性の温泉とは異なる由来の温泉である為、資源がいつの日か枯渇してしまうらしい。ジオプレッシャー型温泉とは、海底に堆積し、海水を多く含んだ地層が、隆起運動によってお椀を逆さまにしたような地形となり、長い年月を経て、ガス、石油、水に分離する。その水が温泉の起源となる。周りに火山もなく海から遠い松之山に温泉が湧くのは、こうした特殊な事情からなのである。