田の原温泉の先で右折し、ファームロードを北へ向かう。この道は1999年4月に開通したばかりの全長17.5Kmの近道で、最新版の地図でなければ出ていない。道幅が広く、カーブが少なく、谷間も橋で越え、鉄建公団の高規格なローカル線の様だ。岳の湯、はげの湯、山川温泉、寺尾野温泉、田の原温泉をほぼ直線的に結んでいるので、温泉好きにはこれほど都合のいい道はない。旅程の作成にあたってこの道の存在はこの地域を迷わずに効率良く回れる切り札となった。しかし困ったことに実際に走ってみるとカーナビが新しいこの道に対応しておらず、画面上は道なき道を北へ向かって走ってしまう。幸いファームロードに寺尾野という標識が出ていたので、その指示に従って左手の斜面を下っていく。
4軒の集落の奥にひっそりと寺尾野温泉 薬師湯はあった。外界から隔離するかのような立地条件にあり、建物の入り口が裏手にあるので一見するとこれが温泉だとは気づかれないようになっている。ある程度の事前の知識はあったのだがまさかこんな所に!と思う所にあるので、場所の詳細についてはうまく説明はできない。それでも探しに来る人が絶えないそうで、地元の人が迷惑しているとのことなので自力で探し当てた。地元の人達が畑仕事の後のひと風呂用に作った温泉であり、入らせていただくという姿勢が特に求められる。こんな山奥にあるのにもかかわらず、料金箱が設置されており、そこへお金を入れれば誰でも入れるというのはありがたいことだ。窓の外には山深い風景が広がり、行く道すがらにはわずかばかりの平地を耕して畑が開かれている、古き良き日本を具現化している数少ない温泉と言えよう。
ブルーのタイルが目に鮮やかで、下足箱、脱衣所、浴室の清掃は完璧であり、かなり好感度は高い。手前の浴槽は温めで、一応仕切りの板があるが浴槽自体は男湯と女湯はつながっている。子供だったら泳いで両方の浴槽を行き来するんだろうなどと思うくらい、混浴に限りなく近い構造となっている。奥の浴槽は適温で、飲泉するとわずかに硫化水素の香りが感じられるがあっさりとしており飲み易い。奴留湯温泉のお湯の質や湯温が似通ったものがあり、浴室のセンスの良さも共通している。しかし、決定的に違うのは窓を開けて入浴出来ることだ。もっとも女性は勇気がいることだが。それにしてもこの静けさはどうだろう。森の緑を眺めながら静寂の中でゆったりとした気分で入るお湯。露天風呂でなく内湯でこれほどの充実感を味わえる所は、そんじょそこらでは決して見つけることは出来ないだろう。
最近心無い者によって料金箱が壊されるという事件があった為、とある民家に入浴料金を支払うシステムに変わったそうだ。