いよいよ日本一の炭酸泉の長湯温泉へ向かう。個性的な温泉が点在し、期待に胸が踊る。途中山深い曲がりくねった30号線をしばらく走り、本日の宿紅葉館に到着したのは16時30分頃であった。部屋はかに湯のまん前で最高のロケーションだ。早速水着を着込んでがに湯へ向かう。長湯温泉といえば芹川に浮かぶ露天風呂のがに湯が有名である。今は人工の岩風呂になっているが、昔は自然の軽石の中から炭酸泉が湧出していた。炭酸の泡の多さが特徴で泡を吹く甲羅のような軽石は蟹になぞらえられ「がに湯伝説」も生まれた。がに湯に注ぐ炭酸ガス濃度は1200PPMを誇り、湯船でも700PPMを維持している。この数字がいかに凄いかということは花王のバブの7倍ということからもうかがえる。しかしあまりにオープンなロケーションの為、水着着用でなければとても入れたものではない。芹川に注ぎ込む小川を渡る橋のたもとの所には前述の炭酸濃度について述べられている看板がある。そこは対岸の旅館からも見えない死角になっている為、着替えをするには絶好の場所である。
緑色に濁ったお湯で温いので湯口の所に陣取る。上を向いた竹筒からお湯が一定のリズムで吹き出している。観察していると45秒〜50秒くらいの一度の間隔で、間欠泉のように15秒くらい湯が下に流れ出して来て、そのうち炭酸を多量に含んだ泡と共に勢い良く蟹の泡よろしくお湯があたり一面に飛び散る。少々風が強く肌寒く感じられた為、温いお湯に浸かっているとなかなか出られなくなってしまい、その内に軽い眠気を感じ始める。対岸の紅葉荘の部屋の窓より妻の呼ぶ声がするので、振り向いて打ち合せ通り、入浴シーンを撮影してもらう。湯温計を持参しているわけではないので正確な湯温は分からないが、体感的には36〜37℃くらいだと思う。日が暮れるまで1時間以上芹川のせせらぎに耳をすませながら長湯することが出来た。地元の住民と思しきギャラリーが何人か現れ、声を掛けられたがさすがに入ってくる人はいなかった。ここは見るだけの人がほとんどで、入るのはよっぽどの温泉好きであると思われる。
がに湯には悲恋話が伝わっており、看板には次のように書かれていた。あのな、むかし、川に大きなカニがいてな、これが色白の村の娘に一目ぼれしたんだと。川のほとりのある寺の僧がその切ない思いを知り、「寺の鐘を100回聞けば人に生まれ変われる」と言い聞かせたんだと。ところが、その僧が鐘をつきながらふと娘を見て、あまりの美しさにこっちも一目ぼれしてしまった。そこで鐘を99までついて、「娘はオレがもらう」と言って娘に近付いた途端、一転空かき曇って大雨となり、僧もカニも落雷にやられてしまったと。大水が引いた後、川の中にカニの形をした大岩が現れ、無数のアワ(炭酸泉)をともなった湯がわき出してきたんだとさ。