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江ノ電 601号
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江ノ電 601号

この電車は、大正14年に製造され、昭和44年まで渋谷〜二子玉川・下高井戸間(現東急新玉川線・世田谷線)を走り、その後江ノ島鎌倉観光株式会社(現江ノ島電鉄株式会社)に譲渡され主力電車として藤沢−鎌倉間で活躍したが、江ノ電2000形デビューに伴い平成2年4月、65年にもおよぶ長い現役生活に別れを告げた。

1925年 蒲田車両で木製車として製造され、車両番号を玉川電気鉄道45号とした。

1938年 玉川電気鉄道株式会社は、東京横浜電鉄株式会社に吸収合併される。

1942年 社名を東京急行電鉄株式会社と変更した際、車両番号をデハ29号に改番した。

1953年 木製車を鋼製車体化し、車両番号をデハ104号とした。

1969年 玉川線廃止時に、車両番号をデハ87号に改番した。

1970年 江ノ島鎌倉観光株式会社に譲渡され、車両番号を601号に改番した。 1990年 4月27日江ノ電2000形デビューに伴い廃車される。
7月6日車体色を東急世田谷線と同様とし、現在地に保存する。

相棒だった602号は廃車2年前に651号に改番され、鎌倉〜腰越の扇屋という「江ノ電もなか」で有名な和菓子屋の店頭に先頭部分だけカットされた形で保存されている。 603、604号を含め計4両世田谷線より譲渡されていたので、幼少の頃習い事で鵠沼まで通っていたのでリアルタイムで何度も乗車したことがあると思う。
601号リアビュー1
601号リアビュー1
EERの社名が誇らしげに残されている
EERの社名が誇らしげに残されている
撮影条件は最悪でした
撮影条件は最悪でした
宮の坂文化センターの施設の一部という位置付けで保存されている
宮の坂文化センターの施設の一部という位置付けで保存されている
昔の車両には鏡が標準装備だったのかもしれない
昔の車両には鏡が標準装備だったのかもしれない
運転台
運転台
表記の仕方に歴史を感じる
表記の仕方に歴史を感じる
車内にも601の車番が残されている
車内にも601の車番が残されている
網棚と吊革
網棚と吊革
江ノ電と言えば油の臭いのする木の床のイメージです
江ノ電と言えば油の臭いのする木の床のイメージです
吊革
吊革
601号リアビュー2
601号リアビュー2
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