昭和5年の秋の空、羽前街道に西へ旅する僧がたまたま湯気に誘われて川渡の地を訪れた。高遠温泉の二代目藤五郎は、畑仕事を終え、共同浴場に浸かって疲れを癒すのを常としていた。この僧は藤五郎宅にしばらく逗留した。ある日のこと僧は別れにあたり、「ここを掘るべし、さだめし万病に効く、仏の湯が出るであろう。正直に湯守をすれば、家門?栄し、子孫長久は疑いなし。」と言い残しいずこへとも知れず立ち去った。これを聞いた藤五郎が一心不乱に掘ったところ、湯が泉のごとく湧き出でた。不思議なことに掘った日も湯が湧き出でた日もいずれも庚申の日だった。それ以来高東温泉は庚申の吉日にお湯神様をお祭りし、開湯の日として定めた。旅の僧を尋ねたところ、岩手県東磐井郡大東町渋民にある金谷稲荷山東川院の千葉信道和尚であることが分かった。屋号の高橋と東川院の頭文字をとって「高東旅館」と名付けた。
ここは自炊もできる湯治宿として人気のようだ。Wifi(20Mbps)も通じるし、建物自体も新しくて清潔感が漂っている。ただ残念なのはトイレが共同でウォシュレット機能がない。「自炊設備があり、朝夕のご飯とお味噌汁付き。しかもご飯のお米は自家製。」といううたい文句が魅力的だが、このサービスはすでに終了しているという情報もあるようだ。
高東旅館のお風呂は男湯と女湯、そして家族風呂がある。男湯は女湯はほぼ左右対称の作りで浴槽の形も同じなのだが、何故か女湯だけ寝に湯が付いている。川渡温泉のお湯は日によって色合い葉が変わることがあり、抹茶オレのような緑色の濁り湯になっていることが多く、この日の女湯は抹茶オレのような緑色の濁り湯と薄い黄緑色の2種類の色が楽しめた。